桜の花が散り始める4月中頃から5月にかけ、日向薬師林道の道沿いでも自生しているこの花を見ることができる。
サトイモ科のまむし草の仲間で耳型天南星(ミミガタテンナンショウ)の別名を持ち、花のように見えるのは仏炎包(ぶつえんほう)とよばれるガクの部分で、その筒状の中に花はある。
ガクが緑色のものをカントウマムシグサ(関東蝮草)、紫褐色のものをムラサキマムシグサ(紫蝮草)と呼ぶようで、ちなみに枯れ草からにょきっと出た花がへびのマムシ(蝮)の頭に、茎のような部分の模様が胴体に似ているところから付けられた名といわれている。
日当たりの少ない、いかにもマムシの生息していそうな陰湿な場所に咲いていることが多いいため、初めてみた人は、一瞬ドキッとするかもしれない。
雌雄異株(しゆういしゅ)であることから、雄花(雄株)と雌花(雌株)があり、その年の環境により性が左右されるという、なんともミステリアスな植物でもあり、秋になると真っ赤な実をつける。
この花をはじめて見たのは、小学校4年生の頃、もう遥か昔のことである。
四国の片田舎で生まれ育ったわたしは、海を見下ろす段々畑で畑仕事の手伝いを終えた後、家に持ち帰るために風呂用の薪を取りに畑の上段にある雑木林の中に入っていった。
現在と違い、この頃の小学生は学校が休みの時は、まず家の手伝いを済ませてから友達と遊ぶのが当たり前であった。その頃は、私の家でもまだ薪で風呂を沸かしていた。
春休みであったと思う。四国でも南端あたりは、3月にもなると天気の良い日などは、ポカポカ陽気となる。
いつも遊んでいた林の中、枯れ枝を掻き分けた先の苔むした石垣の落ち葉の中から、突然毒々しい色をし、まるで悪魔の化身のような奇妙な姿の花が目に飛び込んできた。
見てはいけないものを見てしまった、見た者にはきっと祟りがあるぞ。そう思うと一目散に林の中から逃げるようにして段々畑を走って下り、家に帰った。
家には教師をしていた母が帰っていた。だが今見てきたことを話すと母親にも災難がふりかかるといけないと真剣に考え、花を見たことは黙っていた。きっと何かの昔話か、童話でそのような話を読んだのであろう。それ以来、その場所へは行かないことにした。
縦走を終え、バス停のある奈良田の集落へと下山する途中の林道に咲いていたのを覚えている。 このときはじめてこの花が「まむし草」であることを知り、山野草として一般的に見られる花であることを知った。
あれから数十年、すでに還暦を過ぎた今でも山歩きをし、時折この花に出会うと、小学4年生の時に見た鮮烈な花の色だけがいまだに忘れられなく、子供だったころが懐かしく思い出される。
だから桜の花が散り始めるこの季節になると、山道を歩きながらもついついこの花を探してしまう。 少年のころの自分に逢える花として大切な、そして好きな花のひとつとなった。
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